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福山神前式





福山
備後一宮 吉備津神社 写真・詳細を見る≫



備後一宮吉備津神社は、大同元(806)年、備中吉備津神社より勧請されたと伝えられており、幾度かの御社殿焼失・再営の後、慶安元(1648)年、初代福山藩主であった水野勝成公より、現在のご本殿(国指定重要文化財)が造替されました。御祭神は備後開拓の神様として、また、開運招福・厄除け・交通安全・長寿の神様として、備後一宮・一宮(いっきゅう)さんと人々に親しまれています。
主祭神:大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)
艮神社 (福山) 写真・詳細を見る≫



艮神社は、福山城の北約400mに鎮座しています。社号標の建つ入口東には観音寺があり、赤い灯籠の立ち並ぶ参道脇からは仏像の姿も見えます。北に向かっている参道は角で北西に折れ曲がり、珍しい石製の両部鳥居を潜ると石段となります。その石段の上には随神門が建ち、随神門裏側では可愛い神門狛犬が愛嬌を振りまいています。
主祭神:須佐之男命(すさのおのみこと) 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
出雲大社 福山分祠 写真・詳細を見る≫



大国主大神は、「だいこくさま」と申して慕われている神さまです。国土を開拓され、国、村づくりにご苦心になられました。殖産の法をお教えになり、人々の生活の基礎を固めてくださいました。慈愛ある御心を寄せて下さったのです。だいこくさまは、救いの神さまであると共に、すべてのものが「おのずから」の姿にあるように護って下さる親神です。
主祭神:大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
草戸稲荷神社 写真・詳細を見る≫



草戸稲荷神社は、福山市街地の南西、芦田川右岸に鎮座しています。神社は瀬戸川の土手下にあり、すぐ後ろは草戸愛宕神社本殿が建立されている小丘陵。奥深い緑に懸崖造三階建ての巨大な社殿の朱が良く映えています。県下では広島護国神社に続く初詣客の多い神社ということですが、社殿の造りの特異性、目映いばかりの朱の洪水に何はともあれ圧倒され続けの参拝でした。
主祭神:保命神(うけもちのかみ) 宇加之魂神(おほなむちみこと)
沼名前神社 写真・詳細を見る≫



沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)は、鞆祗園宮とも称され今から千八百数十年前、第十四代仲哀天皇の二年、神功皇后が西国へ御下向の際、この浦に御寄泊になり、この地に社の無きことを知り、斎場を設け、この浦の海中より湧出た霊石を神璽として、綿津見命を祀り、海路の安全をお祈りになられたのが、当社の始まりです。
主祭神:大綿津見命(おおわたつみのみこと) 須佐之男命(すさのおのみこと)
諸神社 写真・詳細を見る≫



『福山史科』によると、白鳳5年、沼隈郡今津村の海岸に難破船が漂着した。乗人は3人で、言葉が通じない。村長の田盛が筆談すると、新羅国王だという。田盛は彼を厚く遇し、朝廷にこれを報じた。しかし、朝廷から返答のないまま、翌年に王が没し、前の山に葬った。翌年、田盛の夢に王が現れ、自分は須佐之男命だと言った。そこで田盛は王を祀った。これが剣大明神(諸神社)となった。別名・剣大明神とも呼ばれ、そのため通称『お剣さん』とも呼ばれている。
主祭神:須佐之男命(スサノオノミコト)
素盞嗚神社 写真・詳細を見る≫



当地は「江ノ熊」「江隈」「疫隈」などとも呼ばれていた地で、奈良時代の初めに編纂された「備後国風土記」に「疫隈國社」と記載されている。 蘇民将来伝説の発祥の地であり、全国の祇園社の元である。 本地垂迹説の影響を受けて神社名が「祇園社」「天王社」「江熊祇園牛頭天王社」と呼ばれていました。 明治時代に出された神仏分離令により神社名に仏語を用いることが禁じられたため、現在の神社名である「素盞嗚神社」と改名された。
主祭神:素盞嗚尊・稲田姫命
小野神社 写真・詳細を見る≫



「水野記」によると、承和六年(839年)に、小野恒河が京都より当地に当社を崇敬したという。 現在の鎮座地は、もと備後国の総社の社地であるといわれ、現在も境内末社に備後国総社を祀る。  伝承として、小野神社の旧鎮座地は銀山路より東北の間平地にして民家の裏にありといわれている。 貞享五年(1688年)、胡屋橘高市左衛門忠重が願主となって現在の地に社殿を造営して鎮座した。 昭和初期には社殿が老朽化し氏子等が一人一日一銭の貯金を三年間励行して昭和九年に現在の本殿を再建した。
主祭神:押媛命・吉備武彦命



尾道 三原
向島 亀森八幡宮 写真・詳細を見る≫



宝亀元年(770年)、山陽道巡察使 藤原百川豊前国宇佐宮の御分霊を勧請し、彼の誠忠無比の和気清麻呂の雪冤を祈り、また、武運長久の守護神と崇めた。昭和4年、県社に列せられる。(社伝)1月14日に開催される「とんど祭」、10月第4金曜日に開催される「オハキ神事」は、尾道市無形民俗文化財に指定されています。
主祭神:品多別尊(おんだわけのみこと)〔応仁天皇〕
     息長帯此売命(おきながたらしひめのみこと)〔神功皇后〕
     宗像三女神〔多伎里姫命・多伎都姫命・市伎島姫命〕
艮神社 (尾道) 写真・詳細を見る≫



尾道の艮神社は、旧市内で最古の神社と言われています。 境内に生えている楠は樹齢900年と言われ、幹の周囲は約7m。天然記念物にも指定されています。 この境内では映画「時をかける少女」や「ふたり」のロケが行われたのをはじめ、最近ではアニメ「かみちゅ!」の舞台としても登場しました。
主祭神:伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
     素戔男命(すさのおのみこと) 吉備津彦命
出雲大社 尾道 写真・詳細を見る≫



島根県にある出雲大社の分院のひとつ。
御祭神は縁結びの神様で有名な大国主大神です。
出雲大社ならではの大きな注連縄が印象的です。島根県の出雲大社までは遠いけれど、地元の出雲大社での結婚式も可能です。
主祭神:大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
高須八幡神社 写真・詳細を見る≫



社伝によると、創建は天文16年(1547)と伝えられている。現在の本殿は明治11年(1878)に再建されたものである。明治11年に再建された本殿は三間社流造である。社殿は平成18年11月に竣工した。石鳥居には享保2年(1717)の銘がある。神武天皇聖蹟誌によると神武天皇一行は、因島の大浜を出発し現在の尾道市高須町にある高須八幡神社の地に滞在したとあり歴史のある神社である。
主祭神:品陀和気命(応神天皇) 神功皇后・仲哀天皇
大山神社 写真・詳細を見る≫



宝亀4年(773年)伊予国大三島の大山祇神社よりご分霊を勧請し、隠島大神と称したという。境内から弥生時代の須恵器・高坏が発掘され、古代祭祀の杜と考察される。中世、因島村上水軍の守護神として崇敬され、江戸時代には郡中祈願所として広く崇敬を集めました。「祈りの宮」「願掛けの社」として、「せとうち七福神」のお社として全国からの参拝を受け、御神威ますます盛んなお社として仰がれています。

主祭神:大山積大神(おおやまづみのおおかみ)
糸碕神社 写真・詳細を見る≫



鎮座地は瀬戸内海に面し、長井の浦と呼ばれる風待ちの浦として「万葉集」にも詠まれている。 境内の東側には貢井(みつぎい)又は御調井と呼ばれる井戸があるが、社伝によれば神功皇后が長井の浦に 船を繋ぎ、この井戸の水を求めた事に因んで、その水を長井の水と称し、当地を長井の浦と称すると伝わる。 長井の浦は井戸崎(いどさき)ともいい、現地名の糸崎(いとさき)のはじめとされる。  天平元年(729年)に豊前国宇佐八幡宮より応神天皇の産髪を勧請した事の創まるといい、広島県内で最も古い神社とされる。
主祭神:帯中津日子命・品陀和気命・息長帯日売命

笠岡
道通神社 (笠岡) 写真・詳細を見る≫



「道開きの神」「導きの神」であり、世に神徳高き神として尊ばれている猿田彦大神を主神として仰ぎ、明治45年には応神天皇を合わせ奉斎する神社である。御祭神:猿田彦命は天孫降臨の時、高天原からこの国土に降りてくる道の途中に四方八方に分岐する道があり、そこにいて道を守り、天孫に道を教えた神とされている。人の幸福・運命を良いほうに導き、幸福を授け給う神と伝えられている。
主祭神:猿田彦命・応神天皇